2026年1月14日 (水)

アクセス超低空飛行

このところ寒い日が続くが、私のブログアクセスも冷え冷えしている。
やはり更新が滞るのが原因なのだろう。
何とかしないととは思ってはいるのだが、肝心の手が動かない。
母の事も一息ついたので、これからは前を向いて行こうとは思いつつも、やはりグズグズ。
釣りの再開がきっかけになればいいのだが、寒さのせいでデブ症(出不精)が・・・。
よし、とにかく何か書こう。って、何かとは。
こうして日々が過ぎて行く。
 
♪何気ない毎日が 風のように過ぎて行く~♪
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2026年1月11日 (日)

強風吹き荒れる

今日はお寺に墓参りに行ったのだが、朝から外は強い風が吹き荒れていた。
好天でもこの風では体感温度はかなり下がりそうだ。
あまり行きたくない気持ちにはなったものの、こんな事では先が思いやられると言う事で、決行。
しかぁ~し、お寺に着くと、この天気ではやはり墓参りに来る人はほとんどいない。
供花と線香を買ってお墓に向かうが、やはりかなりの強風だ。
線香は火がついて燃え盛る感じ。
お花も塔婆も吹き飛ばされそうだ。
何とか墓参りを終えて帰宅。
その後、ずっと窓はガタガタ言いっ放しだった。
 
♪君はその手に花を抱えて 急な坂を上る
僕の手には小さな水桶 君の後に続く♪
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2026年1月 6日 (火)

区役所

1000004573今日、用事で中央区役所に行った。
去年末から何度となく行っているが、入口からすぐのところに立っているのがエヴァンゲリオン初号機(らしい)。
先日の「有吉くんの正直さんぽ」でも天竜二俣駅でのエヴァについて説明していたが、浜松とエヴァがコラボしている。
区役所での展示は今月25日までなので、時間に余裕のある人は用事がなくても区役所に行ってみよう。
 
ちなみに私はエヴァを一度も観た事がない
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2026年1月 3日 (土)

2026年雑感

「有吉くんの正直散歩」で浜松市が扱われた。
最初は天浜線天竜二俣駅から始まって、遠鉄の赤電で南下し西へ向かうと言うルート。
散歩ではとても廻れない距離なのでおかしいなとは思ったが、それは単に演出と言う事で、文句を言うのは大人気ないか。

この一つ前にアップした鰻屋さんの話。
そんなに量を食べたつもりはなかったが、腹に溜まったと書いた。
が、後で考えてみたら、蒸さないので脂が抜けず、古希を迎えた老人にはしんどくて胃もたれしたのかもしれない。
ただ、それでも美味しかったのは事実。別の関西風鰻屋さんにも行ってみよう。

年明けから急に寒くなったので、体調には気を付けよう
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2025年12月30日 (火)

濱松地焼 鰻まさ

1000004583今年もあと2日。四十九日の法要も終わって、母のお骨がお墓に収められた。
これからは月命日に墓参りをしよう。

話は変わって、久し振りに鰻を食べた。
あの一件から遠ざかっていた鰻だが、初めて関西風(ここでは濱松地焼と言う)の蒸さない蒲焼きを食べた。
浜松駅の南にある店。蒸さない鰻はただの焼き魚とか言う話を聞いて食わず嫌いだったのだが、初めて食べた感想は「美味い!」の一言だった。
価格もそんなに高い訳ではなく、鉛の舌でも充分に満足。白焼きも食べたよ。
1000004585そんなに量は食べなかった(気がする)のに、意外と腹に溜まった。更に満足。
付け合わせに刻み海苔とわさび漬けがあったのも新鮮な驚き。肝吸いではなく蛤のお吸い物だった。
すぐそばには、あの有名な「むつぎく」もあって、街まで出掛ける理由が出来たぞ。
ちなみに、「鰻まさ」も「むつぎく」もメチャ混みだったが、我々は予約してあったので(少しは待ったが)入れた。

家の近くの関西風鰻屋さんにも行ってみようかな
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2025年12月23日 (火)

和食処あつみ

1000004577久し振りに「和食処あつみ」で夕食を摂った。
頼んだのはこれまたいつもの?「あつみ御膳」。
いつも通り美味しかった。
私はご飯大盛りにしたが、それでも足りないほどだった。
次回はお代わりにしよう。
 
そろそろお墓の掃除でもしなければ
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2025年12月20日 (土)

気晴らしにやってみた

最近は気分が晴れない事が多く、それならと気分転換にメダカの水替えをしようと思い立った。
とは言え、この時期あまり多くの水を替えるとメダカへの負担が大き過ぎる。
で、外の2つの水槽ではバケツ一杯(約12リットル)を替えた。
どちらも底に溜まるものは少ないので、時間は掛からなかった。
これで少しは気が楽になったのか、ついでに大掃除(ではなく小掃除か)の季節でもあるし、やろうと思って延ばし延ばしになっていた換気扇の掃除をする事にした。
1階と2階にそれぞれ1つずつある25cmの換気扇のフィルター交換と軽い拭き掃除だ。
フィルターはかなり汚れていたので、替えると作動させた時に随分明るくなった。
大変なのは羽根と本体の樹脂部分の清掃。
ジャンボエンチョーで柑橘由来のスプレーを買って来て開始。
羽根は見かけそんなに汚れている感じでなかったが、スプレーを吹きかけてみるとすぐに汚れが浮き出した。
これを拭き取り水洗いして再度拭き取れば出来上がり。
枠の部分も見かけは綺麗?なのに、スプレーを吹きかけたティッシュで拭いてみるとこれまた汚れが。
こちらも綺麗に拭き取ったつもりで終了。
一応壁紙用のスプレーも買ったので、気が向いたらやる事にしよう。
そうしよう、双子葉植物。
 
なかなか全部をやろうとは思わない
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2025年12月12日 (金)

この頃

早くも母が亡くなってから1月が経とうとしている。
何をすればいいか分からなくてバタバタしていたが、だいぶ落ち着いて来た。
と言っても片付いたと言う事ではない。
まだまだ他にやる事があっても、単に私の頭が回っていないだけかもしれない。
最近は何かやろうと思っても、途中で割り込みが入ると元に戻れなくて忘れてしまう事もしばしば。
いわゆる「 RETI 」が効かないのだ。

来年は免許の更新があるが、果たして大丈夫か?
メガネもちゃんとしたものを作らないと、視力検査で落ちてしまうかもしれない。
前回も更新前にメガネを作ったのに、検査の時によく見えなくて危うく落ちる寸前だった。
何か本題から外れそうだが、とにかく老化が進んでいる事は確か。
「ボーッと生きてるんじゃねーよ!」と、何処かから声がかかりそうだが、まずは足腰から鍛えないと。
 
「継続は力なり」を再度頭に叩き込んでいこう
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2025年11月22日 (土)

あれから

1000004560母が亡くなって早2週間が経とうとしている。
年内には49日法要が控えているが、何と年末。
皆さん忙しい時なので、法要は内々で行う事にした。
また、告別式が終わってすぐにもしなければならない事があり、何とか少しずつ済ませているが、まだまだ亀の歩みのようなスピード。
1000004561一番やっかいなのが相続。
と言っても、お金が有り余るほどある訳ではない。
何が大変かと言うと、家の資産価値を調べる事。
これが決まらないと総額が決まらない。相続税が発生するかもしれないので、適当には出来ないし。
それと、凍結された銀行口座の解除。
まだ他にもありそうだ。
そんな中、気晴らしにと外のメダカ達の水替えを行った。
それぞれバケツ1杯(約12リットル)分を交換した。
更に庭に生え放題の植物の隣に入り込んでいる部分をカット。
ずっと放置していたので大変。汗まみれの上にグッタリ疲れた。
それと、いつだったか忘れたが、載せ忘れた店。
ワンタン軒と言う名前。
私は塩分控えめで鉄板チャーハンとやらを注文したが、これが昼間は300円なのに、夜は500円とか。
半完成品で来て、客が混ぜて完成させるもの。
ちょっと面白くて注文したが、味は普通。量は少し物足りなかった。
まあ、価格から言って他のものと一緒に注文するからこの程度の量なのだろうと勝手に判断。
餃子も頼んだが、鉛の舌でも充分美味しかった。
 
今日もいい天気だ。
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2025年11月16日 (日)

母が亡くなった

最近、母が亡くなり、告別式を終えたところ。

母が倒れたのが一昨年の1月下旬。脳梗塞で緊急入院し、左半身のマヒが残った。
その後2月中旬に退院してリハビリ病院に転院。
この頃はコロナ禍で面会もままならず、母の状況も良く分からなかった。
約2カ月後に退院して無事帰宅する事が出来た。
週3回のデイサービスを利用しながらの生活が始まった。

が、しばらくして心不全で緊急入院。心臓の具合が良くない事は、脳梗塞で入院していた病院を退院する際に初めて聞かされたのだが、まさか再入院するとは夢にも思わなかった。
その後6月初めに退院し、介護施設に入った。
まだコロナ禍であったが、それでも洗濯物の交換時に少しだけ話をすることが出来た。
約4カ月の入所の後10月初旬に退所して、やっと本当の帰宅となった。
それから週3回のデイサービス利用を復活させて、自宅での生活が始まった。
自宅での生活も順調ではなく、何度か救急搬送もあったが、それでも約1年の間自宅で過ごすことが出来た。

ところが去年の9月下旬に、早朝ベッドからすぐそばのポータブルトイレに移る際に転倒して骨折。
約3週間入院した後にリハビリ病院への転院が叶わず、自宅での介護が難しいため介護施設に入所。
週2回の洗濯物交換時に少しだけ話をしながら帰宅出来るチャンスを窺っていたが、コロナ禍が明けた2025年になって面会時間が延び、ゆっくり話をしたり、リハビリも兼ねた足の運動や本読みをしたりする事が出来るようになったものの、体の衰弱は進んでおり、次第に飲み込みが悪くなっていった。
同時に左半身のマヒも進んだのか、舌の動きが悪くなって何を話しているか聞き取り難くなっていった。こちらが聞き返す事が多くなり、本来話好きだった母も思うように話せないし聞き取ってもらえない事がもどかしかっただろう。

9月下旬になって、いよいよ飲み込みが難しくなり、終末ケアへと移行する事になった。
個室に移り、出来るだけ高カロリーのもので飲み込みやすいもの(例えばゼリーとかプリンとか)を食べさせていたが、とても体を保てる量ではなく、衰弱は進み言葉も次第に発しなくなり、寝ている時間が多くなっていった。
11月になり、遂には一口も飲み込めなくなって、いよいよ最後の時が近づいた事を知った。

そしてある日の朝、施設から母の呼吸が浅くなったとの連絡があって急いで施設に向かったところ、母が苦しそうに呼吸していた。
ただ、見ている方はそう見えても、本人はそれほど苦しくないとの話があった。
元々母に負担を掛けないよう、延命治療はしないと決めていたが、目の前の姿を見ていると気持ちが揺らいだ。
そして夜になり、母の呼吸が完全に止まった。顔は苦しそうではなかったのがせめてもの救いだった。
最後の時を迎えて、もっと涙が出ると思っていたが、そうではない自分に驚いた。

その後、服を着替え、綺麗に化粧をしてもらって帰宅。数日母と過ごす事が出来た。
その間、葬儀社とお寺さんと打ち合わせがあって通夜と告別式の予定を組み、無事終える事が出来た。
お骨になった母を見ると、もう二度と会えない事がはっきりと分かったが、まだやる事があるので茫然としたりする余裕はない。
母との日々を回想するのはもう少し経ってから。

妹の旦那と姪たち、そして何より妹には本当にお世話になった。心から感謝します
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